映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

現在使用されている暦についてその歴史を紐解いた映画『天地明察』が公開され、意外と知らない日本の暦形成までの苦悩と葛藤を知ることになった作品だ。何気なく使用しているカレンダーは、まだまだ世界でその技術を切磋琢磨して形成している。ここは天地明察のテーマにもなった暦を、ここでは映画と小説の内容と共に考えて考察するサイトとなっている。

映画『天地明察』を紐解く

魅力を押し出す手段として

沖方丁という名を聞いてピンと来る人、そうでない人がいると思う。筆者はこの方についてはそれなりに名前だけでなく作家としての顔もそれなりに知っているつもりだ。多岐に渡って活躍している彼が2009年に発表したとある作品が、書籍化された際にその旋律たる内容で多くの読者を獲得したのが『天地明察』という小説だ。作家としての顔もそうだが、最近ではアニメの脚本なども製作していることから、その方面に関して趣味を持っている人なら一度は聞いたことがある、巷では有名な人物だ。そんな彼が描いた初の時代小説でもあり、またその独特な世界観から2012年には実写映画として公開されるなどの人気を呼ぶことになった天地明察とはどのような話なのかというと、まず簡単に今作品のあらすじから簡単に紹介していこう。

あらすじ

今作の主人公として登場するのは、当時将軍家に囲碁を指南する名家安井家に生まれた幼名『六歳』、その後の『渋川春海』が生誕する。幼少期から碁打ちとして英才教育を施されていた渋川春海は、父の死後二代目『安井算哲』を襲名すると、名家生まれ切手の囲碁棋士としての際を開花させていくのだった。しかし悲しいことに、渋川春海と呼ばれる前、安井算哲として世の中で通名を通していた彼だったが、囲碁打ちとしての才能は誰よりも豊だったにも関わらず、神道や算術、天文といった学問に傾倒するようになっていった。囲碁の歴史においてその名を知らぬものはいない、本因坊道策からはその際をどうして囲碁へと一極化する事が出来ないのかとその実力を高く評価されていた。

それでも安井算哲としての囲碁棋士ではなく、一人の人間として学ぶことを止めなかった彼にとある日に幕府の重鎮でもあった『保科 正之』から招集がかけられたため、御前へとその足を伸ばすこととなる。そこで保科から伝えられる命令とは、北極地を目指しながら全国を調べる『全国調査の旅に出ろ』、そう告げるのだった。命令ともあって断る道理も無かった算哲はその後命令どおり全国を調べるために旅に出る。目的な北極星を見ること、それが何を意味していたのか算哲、のちの渋川春海は知ることとなる。無事北極星、北極山地へと赴き無事に都に帰還した春海を待っていたのは、更なる命令を保科から命じられるのだった。

現在ある暦を改暦すること、天との真っ向勝負を託された春海はその後史実としても名高い水戸光圀を始めとした著名人からの援助を受けながら、失敗と成功を重ねていくことで今現在ある暦の問題、そして自分たちの前に立ちふさがる異なる問題に真っ向から向き合うことになるのだった。

主題となるテーマはかなり独特

書物としてのあらすじはこのようになっている。はっきりいってしまうと暦についての改変を行った人物について描いた物語となっているのだが、人を分けるところかもしれない。面白いことには面白いといえるだろう、ただこうした生き様を貫いた男達の存在に焦点を当てた内容となっている。原作者である沖方氏はこの渋川春海については高校時代にレポートとして、纏め挙げたこともあるほど彼の生涯に惚れ込んでいるほどだという。しかし内容が内容だけあって、人によってはあまり関心を思いあげることは出来ない内容だった事も有り、レポートを通しても誰も渋川春海という人物がいたことを知ることになっても、興味を引かれるまでは無かったという。

こんな素晴らしい人間がいたというのに、どうして誰も彼に対して羨望を抱かないのかと思ったのかもしれない。その当時受けた悔しさは年月を経ても忘れる事無く、その後時代小説として連載することになった際は、今後こそ魅力を多くの人に知ってもらおうとリベンジといった部分が大きく関わっているとも語っている。何となく分かるところではある、だが高校生となるとさすがにそんな暦の改変について廻る歴史の裏側を述べられても、関心を抱く人が少ないと見た方が早い。残念ながら、そうした小難しいことに感心が回るのは最近の日本の学生事情を考察すると、それなりに年齢を重ねた頃にようやく、という人が多いために仕方がない部分だ。ただもしここでクラスメイトたちに魅力が伝わっていたら満足して、終了していた可能性もある。世に出る事無くその魅力を余す事無く伝えられたと考えれば、失敗を経験した後の作品発表は正解だったのかもしれない。

当初は短編として発表されていた

天地明察の完成までにはそれなりに時間を要していた。当時は雑誌『SF Japan』において連載されていた。少し意外な点としてはSF雑誌にて連載されていたところだろう。同作品においてそこまでサイエンスフィクション的な内容に富んでいるものとなっているわけではないため、まさか後に大ベストセラーとまで言われるような大作が書かれているなど、予期しなかったところだ。また原作者としても、この時点では長編化するだけの余力は残されておらず、短編としての骨組みまでしか出来上がっていなかったとも話している。

初めてその存在を世に知らしめたのが2004年のこと、それから5年の年月を経てようやく長編にする事が叶い、本格小説雑誌『野生時代』にて2009年1月号から7月号まで連載されていた。作品連載としてはそれほど長い期間続いていたわけではないが、この頃から作者自身の著名度と作品の内容から話題を呼ぶこととなり、同年11月にて角川書店から文庫化して刊行すると、独特な世界観と、史実を忠実に再現した、ありのままのフィクションなのにフィクションとしての色を感じない作品として、大きな話題をさらうこととなる。

一般的にその名が知られることとなる

元々はライトノベル作家として、またアニメの脚本は漫画の原案といった方向で活躍していた沖方氏はその世界では有名人であったが、天地明察と言う作品をもってして一般層にもその名を浸透させることに成功する。そのきっかけとなったのが文学賞の受賞であり、獲得したのはどれも受賞すれば間違いなく作家としての地位を築くことになるものばかりだ。

  • 第31回吉川栄治文学新人賞
  • 第7回本屋大賞
  • 第7回北東文芸賞
  • 第4回船橋聖一文学賞
  • 第4回大学読書人大賞

これら5つの文学賞を受賞したことにより、アニメなどのメディア関係の世界に疎い人達にも知られる時代小説家としての顔を持ち、一般層においても広くその名を知られるようになっていった。古参から沖方氏を知っている人にしてみれば嬉しい限りだ。沖方氏の実際に書いた作品は見たことがないという人でも、彼が手掛けたアニメなどの作品を見たことがあるという人も多いと思う。そういう事を踏まえて考えると、ライトノベル作家として地位を築き上げている彼が一般層にも受け入れられる天地明察なる作品を作り上げた事は、実に評価に値するだけの功績だ。

天地明察という作品をどう捉えるか

沖方氏を広い世間へと知ってもらえるようになった天地明察という作品は2012年には劇場作品として映像化もされ、その完成度も高く評価された。ただそれでも今作のテーマとして掲げられている内容は、どうしてもマイナーなイメージを持ってしまうのはやむを得ない。ただそんな作品において注目すべきところは、作中に登場する実際の人物達の人間模様が面白いところだと語っている人もいる。どのようなところに惹かれるのかだが、そんな人間関係の中心点には必ず渋川春海という一人の天才がいた。

筆者個人としてはあの名高い水戸光圀公が彼を気に入り、庇護者として惜しみない援助をしていたという事実がとても気になるところだ。何がそうさせたのかは彼自身のみ知るところではある、ただ言うなれば才能がありながらも自分の欲望を満たすものを探し続ける破天荒さに惹かれた、と分析することも出来る。その他にも本因坊道策から囲碁棋士として自分と対等たる存在になれと迫られたり、渋川春海も憧れるほどの才能を持っていた和算家である『関 孝和』を追い求める姿に、共感を覚える人もいるかもしれない。そんな群像劇を堪能することが出来るのも本作の魅力といえる。

また褒められる点としては、女性関係の話題であまりごちゃごちゃとしていないのも良い点だ。物語を盛り上げるためには女性の登場人物も必要ではあるが、天地明察では渋川春海の妻である『えん』以外には目立った登場人物が出てこないというのも良いところではある。そういった意味で男同士の羨望と妬み、葛藤と嫉妬、そして欲望などが渦巻くドラマ性がこれまでに無いほど、また当時を思い描ける作品としても評価されているのだろう。

何気なく利用しているカレンダーの暦を、日本として新たな暦法を追い求める天地明察という作品を見ると今まで知らなかった世界を垣間見ることが出来る。沖方氏が何気ないところで夢中になり、そしてそんな偉業を成し遂げた渋川春海という存在を崇めている理由を知ることが出来る、これはそんな作品だ。