映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

現在使用されている暦についてその歴史を紐解いた映画『天地明察』が公開され、意外と知らない日本の暦形成までの苦悩と葛藤を知ることになった作品だ。何気なく使用しているカレンダーは、まだまだ世界でその技術を切磋琢磨して形成している。ここは天地明察のテーマにもなった暦を、ここでは映画と小説の内容と共に考えて考察するサイトとなっている。

原作者『沖方丁』とは

作家として、脚本家として

天地明察としてもだが、沖方丁という人の作品について語るならその魅力を余す事無く伝えたいと思う。しかしまず始めに紹介するのは彼についてだ。生い立ちを知ることも作家の特性を知るという意味では大事なことで紐解いていく。出生こそ日本で生まれ育っているが、それから幼くして海外での生活を経験しているという。その後高校入学時に日本へ帰国している。日本に帰ってくるまでの期間、語学という意味では流暢に話せてはいたが、当人が日本語というものを渇望してやまなかった時期もあり、そうした経験から現在でも彼の作品において日本語表記については独特のこだわりを持っている。これは物書きに共通していることと思う、文章を書いているとやはり個性は出てくるものだ。特に作家ともなれば自身の作品でのみ通用することが出来る言葉を作り出すこともしばしば、それは沖方氏にとってもそうだ。読者からすれば漢字の意味を理解できないところがあっても、正式に用いられているとは限らない。良識という意味では間違っているのだが、創作として用いる分には通用するので問題としてあげることも不毛かもしれない。

そんな沖方氏は早稲田大学在学中に処女作『黒い季節』にて、角川スニーカー大賞・金賞を獲得し作家としてデビューを切り出すことになる。それからは作家としてはもちろんのこと、アニメ脚本を始めとしたあらゆる仕事を手がけていき、その仕事ぶりからどの作品に関係してもヒットを繰り出す、ヒットメーカーとしての顔も持つようになっていった。作家として、脚本家として、別の側面を持っている沖方氏の活躍は現在も進行し続けている。

憧れをあえて貶める

そんな沖方氏も崇愛する作家は存在してるのだが、彼自身がそうした作家に対して憧れを持っていてはオリジナリティに影響をもたらしてしまうとして、デビューが決まった際に驚きの方法を持って決別を計ったという。その方法とは、好きな作家の作品を鋸で裁断したり、学校の焼却炉に放り込んで灰燼にしたという。そこまでする必要があるのかと思うのだが、それだけ作家として本気で『沖方丁』という根幹を新しく形成して行こうという決意の現われだったのだろう。憧れている作家の作品と決別し、これからは自分の作品を追及し続ける、そんな意思表示をしていると取れるところでもある。

覚悟の現れはその後の作品において多いに発揮される。ヒット作はいくつもあるがここで筆者独自に列挙してあげてみると、

『ばいばい、アース』の場合
有り余る創作意欲をもってして、抜群の造語をふんだんに生み出し、壮大な世界観を持ってして一時は作品入手が困難な時期もあるほどだった
『マルドゥック・スクランブル』の場合
近未来SF作品としてその魅力を余すところ無く表現し、終盤におけるサイボーグ戦闘では記号を見事に使い分けて、機械的な表現を成し遂げる
『シュピーゲル・シリーズ』の場合
ライトノベルとして刊行された同作品は異色の、身体障害や人種差別、また宗教紛争といった人間の本質部分に関係する重い内容をテーマとしている

このように彼の描き出す作品は独自性を確立し、さらに世界観にしても取り上げにくいテーマを大胆に利用し、読者にその意味を問いかけるようなものを作り上げている部分を見ると、ライトノベル作家という枠で彼を表現するのは少し難しいかもしれない。だからこそ天地明察で一般層にもファンが出来たと考えれば分かるが、それでも彼の戦場は一般向けではなく、オタク業界となっているのはやはり本分なのかもしれない。

SF作家としての真髄

作家といっても得意とするテーマはある、沖方氏といえば間違いなくSFをテーマにした世界観の作品を創っていると認識している人が多数だと思う。筆者もそうだ、彼のことを知ったのはこちらもオリジナルテレビアニメとして放送され、来年には待望の続編も放送が開始される『蒼穹のファフナーシリーズ』だ。また有名漫画家である士郎正宗が作り上げ、現在では作品の前日譚も劇場アニメとして公開されていた『功殻機動隊ARISE』の脚本を担当するなど、彼の得意とするSF世界観を余すところ無く知ることが出来る。

自身の著作している作品に関して

そんな沖方さん自身の動きとして大きな動きは、彼自身が発表している作品についての二次創作利用についてだ。沖方氏は自信がこれまで発表した作品の二次創作として利用することを全面解禁することを発表し、また発表された作品は全て製作した本人に帰属する一方で、原作者に対する対価として与えなければならない点は、作品を世に広めるという宣伝としている。この発表はある意味大胆不敵とも取れるが、これまでグレーゾーンとして合えてどの企業も黙認し続けてきた場所へと正確にメスを入れたことになる。

作品を愛する心を持っていることを否定せず、またそんなこれまで無法状態だった場所へと切り込むことで今後作家活動を行っていく人の気構えを身につけてもらいたい、そんな意図からあえて厳しくもそして今後も業界が盛り上がるためには、こうした曖昧な部分を是正していかなければならない、そう話している。これに関して思うところを持っている人は多いだろう、ただ作家として活動することを止められない、または本格的にプロとして活躍したいと考えている人には、願ってもいない条件だ。こうした試みを見て、同人業界に携わっている人々は強く、彼の言葉に感銘を受けた人もいるだろう。作品を作り出す立場となっている人にとって人事ではない、最近では人気ゲームメーカーである『ニトロプラス』が発表した二次創作に関するガイドラインのように、今後も二次創作に関係する動きは活発になるだろう。