映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

現在使用されている暦についてその歴史を紐解いた映画『天地明察』が公開され、意外と知らない日本の暦形成までの苦悩と葛藤を知ることになった作品だ。何気なく使用しているカレンダーは、まだまだ世界でその技術を切磋琢磨して形成している。ここは天地明察のテーマにもなった暦を、ここでは映画と小説の内容と共に考えて考察するサイトとなっている。

日本独自の和暦

日本ならではの紀年法

世界的規模で話をする必要は有っても、さすがに広げすぎてしまうと話がごちゃごちゃになってしまうので、今回は一先ず日本の暦に焦点を絞って話をしていこう。日本の暦において独自の言い方があるのは誰も意識する事無く使用していると思うが、『平成』や『昭和』といった言い方はあくまで日本だけで使用されている名称だ。このような日本独自に利用されている元号とそれに続く年を表現する手段について『和暦』と呼ばれている。これは日本独自の紀年法であるが、手法については東アジアにおいて広く使用されているモノとなっている。和暦こその日本固有のものとなっており、これは後に登場する渋川春海が作り出した大和暦に関する物にも関係している。

そんな和暦についても、意外と知らない人が多いと思うので少し考察を交えながら話をしていこう。

大化の改新からその歴史が紡がれている

日本独自の暦である和暦が誕生したのは今からおよそ約1350年以上前のこと、西暦において645年に制定されたものだ。この645という数字を見てピンと思いつく人もいるだろう、日本の歴史としても蘇我入鹿が暗殺された年でも有り、古代の歴史において転換期ともいえる時代において誕生している。この年における直接影響しているのは当時の重鎮たる存在が殺される事件も確かに忘れてはいけないが、ないより学生にしてみればこれはまず覚えておかなければならない単語としても数えられる『大化の改新』の一貫として作成されたものだ。ちなみにこの年の年号は『大化』と呼ばれており、日本で始めて年号が登場した時代としても、こうした暦に関する研究をする上では欠かせないものとなっている。一時期は年号が制定されていない時期もあったが、現在までに連続して年号が定められるようになったのは701年の大宝からとなっている。

ただこの年号も度々改変されるなどの自体が起こる。それは年号を定めた年で不吉な事が有れば、または病が流行したといった理由によって改元が繰り返されていた。改元された年度は長くても一年程度しか利用されないときもあれば、または十数年というそれなりに長いながらも基本的にしょっちゅう変えていたという。または新天皇が即位するなどした場合でも同様に変更されていたという。

今でこそ改元をする場合には天皇の皇位を継承する際にのみ改めることが出来るとされている。これだけ頻繁に変更をしていてはやむを得ない処置であり、また当たり前のように変えていたら収集が付かなくなってしまうと、危惧してのことと見るべきだろう。

和暦の欠点について

日本独自の和暦の情緒さを重んじる必要は日本人に備わっていなければならないが、ただこの和暦を使用する事がとても苦手、または不便だと感じる人も少なくないと思う。現代になると日本でも西暦を使用した『グレゴリオ暦』がメジャーな年号として利用されているため、10代から20代ぐらいまでの若者からすればこの和暦を使用するのは非常に不得手と感じる機会も少なくないと思う。

また当然和暦についても欠点は存在している、その欠点とはどのようなものなのかについて少し話していこう。

改元による欠点

  • 1:改元した場合、年初などに限らずに変更できる特性を持っているため、歴史の流れを整頓する際に手間が取られる事がある。
  • 2:未来の年代を正確に表すことができない
  • 3:変更されたとしても、過去を遡って元号について調べてみると二種類の和暦表現が用意されている場合がある
  • 4:改元するたびに多大な事務作業をこなさなければならない

改元をする事はそれだけ重要な歴史の瞬間なのかもしれないが、頻繁に変えられてしまっては歴史の流れを詳しく紐解くために必要な時間が掛かってしまったり、また未来の年代を表現することができない、暦としての本質を十分に生かすことが出来ないといった不便さもある。また変更されても遡って研究を重ねていくことによって、年号が二種類の言い方に分けられるといった面倒さも出てくる。これは直接市民に関係している内容ではないが、改元をすることにより事務作業としての仕事量が大幅に追加されてしまうなど、改元するだけで多くの人に迷惑を掛けてしまうことになる。

改元しただけで、大きな影響を受けることもある

改元することで上記のような作業が強いられることになるのだが、それに釣られるようにして被害が飛び火する。この元号の変更も度々行われてしまうと覚えるだけで時間が掛かる上、顔のデータと照合するだけでも莫大な情報を整理しなければならない、などといった欠点も抱えている。また日本でのみ使用されているため、海外の人にはイマイチ浸透度しては高くはない。日本に入国する際にも和暦の元号表示は基本的に記載されていないことから、分かりづらいということが国民の共通認識として捉えられてしまっている事が明白になってしまっている。

問題はその他にもまだあるが、とにかく日本表記として使用されているこちらの元号については日本文化独自の者となっているのだが、何かと使用しづらいといった欠点を内包しまっている。またこの先日本という国が存続し続ければ元号の数字が三桁になってしまい、それはそれでシステム的に処理することになるとやはり問題を引き起こしかねないとされている。独自缶を持っているのは一向に構わないが、あまり特殊なものも考えようだと取られても仕方がないだろう。