映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

映画『天地明察』から見る、日本暦の歴史

現在使用されている暦についてその歴史を紐解いた映画『天地明察』が公開され、意外と知らない日本の暦形成までの苦悩と葛藤を知ることになった作品だ。何気なく使用しているカレンダーは、まだまだ世界でその技術を切磋琢磨して形成している。ここは天地明察のテーマにもなった暦を、ここでは映画と小説の内容と共に考えて考察するサイトとなっている。

その年の暦を作り出す、暦法

グレゴリオ暦の原形となったユリウス暦とは

世界規模で使用されているグレゴリオ暦とは、かつてユリウス・カエサルによって編纂されたものが『ユリウス暦』である。このユリウス暦は太陽暦を元にして編み出された暦となっており、キリスト教においては長年使用され続けていた暦となっている。ただそんなユリウス暦に関しては長い年月を経てしまったことで暦法として不備が指摘されてしまう。それらの不備を訂正して編み出されたのが、グレゴリオ暦であり、改暦に関してもユリウス暦1582年10月4日の翌日、10月15日をグレゴリオ暦の始まりとして定めた。

そんなユリウス暦についてだが、今現在世界的な規模で利用されているグレゴリオ暦の原形として活用されるようになったことを知るためには、やはりこのユリウス暦についてもある程度情報をまとめてみようと思う。

概要として

ユリウス暦において一年は原則365日となっているが、そこに4年毎に閏年を採用しており、その年の2月末において1日加えて366日としている。これは一般的な日本人の観点として非常に当たり前な見方として取ることが出来るだろう。このユリウス暦は開発された当初こそその正確さは群を抜いており、正確な暦として利用されていた。

ただ歴史的な事実として、ユリウス暦も長い積み重ねの中で改変が施されていることをご存知だろうか。西欧諸国でユリウス暦が一般的なものとして認知され始めるのは15世紀以降に、それまではアレクサンドリアのキリスト教徒はディオレクティアヌス紀元を活用していた。その紀元を6世紀のローマにて神学者ディオニュシウス・エクソグウスによれば525年頃でローマ建国紀元754年をイエス・キリスト生誕を1年とする西暦紀元が計算されるなどの動きが見られた。

着々と歴史を積み上げていくことになるが、ユリウス暦の太陽年とのずれは徐々に年月を経ることによって蓄積されていくことになり、先に軽く紹介したように16世紀頃のユリウス暦上においては21日になる春分の日が11日まで短縮されてしまうといった不都合が出始めてしまった。カトリック教会はこうした事態を改善するためにローマ教皇に改暦を求めるなどして、現在のグレゴリオ暦へと繋がっていく。

当初のユリウス暦運用について

ユリウス暦が開発されたことによって多くのヨーロッパ地方において受け入れられていくようになると、開発したカエサル・ユリウスにちなんで、7月を『Julius』と呼ぶようになった。閏年は4年に1回と決められていたが、カエサルの死後において誤って3年に1回ずつ閏年を挟んでしまうトラブルが発生してしまう。こうした誤りに対してローマ帝国アウグストゥスは、紀元前6年から紀元後7年までの数年間閏年を停止させて、帳尻合わせを行った。それによりどうにか軌道修正が完了すると、紀元8年以降においては通常通り閏年を4年ごとに挿入していった。

調整が完了したのは紀元8年となっているが、この問題が発生したのは紀元前44年からという説がある。それによって閏年をどのような周期にしてしまったがために、このような事態を引き起こしてしまったのかについては詳しい記録が残されていないものの、相当長い時間の間暦の調整に一国が追われていたと取る事が出来る。

新年の改暦

暦において新年初日というものは特別なものだ、日本では1月1日が新年初日として認識されているが、これについてはローマ暦やユリウス暦においても同様に新年と見なされていた。ここのところは海を越えた国としても共通しているというのは、少々面白いところだ。ただこの新年についての改暦に関してもやはり少しばかり国によって新年を1月1位日以外に定めることを取り決めるなどの動きが見られた。代表的なものとしてエジプトのコプト暦において8月29日に新年が始まるとしているなど、明確な違いとして顕著に出ている。

こうした改暦については中世のカレンダーはローマ人がしていたように1月から12月をそれぞれ28日から31日までを含む12の縦の列として表示し続けたため、全ての西ヨーロッパ諸国において1月1日は元日として呼び続けている。ただそれも呼んでいるだけで新年としているところばかりではない、大半のところは12月25日のクリスマスを、3月25日の受胎告知などといったキリスト教において神の子が生誕する人を新年とする見方がほとんどだった。

また西ヨーロッパ諸国において、グレゴリオ暦を採用する以前のユリウス暦を使っている間に、新しい年の最初の日を1月1日を移したりと独自の文化を形成していく。しかしそれも年代に伴って1月1日を新年と改暦する国々が増えて、最終的にはロシアとセルビアも20世紀ごろにはようやく1月1日を新年として一定した。

現在もユリウス暦を使用している正教会

先ほど簡単に紹介したが、東欧諸国の正教会の中にはいまだにユリウス暦を使用した暦を利用している所もある。西方教会の大半は既にグレゴリオ暦を採用しているが、敬虔過ぎるところほど頑なに自分達の思想と文化を守ろうとする意志が強く残っているのかもしれない。ただ全ての正教会がユリウス暦を採用しているというわけでもないことを考えると、教会ネットワークとして考えれば均衡が崩れていると取れるような、そんな印象を受け取ることも出来る。

ただユリウス暦を採用している正教会とグレゴリオ暦を利用している世界的な規模で考えると、21世紀現在では13日ものずれが生じてしまっているため、年間を通して祝祭として挙げられている祭事は13日ずれて祝われているという。長い歴史の中でグレゴリオ暦を採用できないわけはそれぞれだと思うが、その溝を埋める事はやはり難しいということなのかもしれない。